【PSO2・航海日誌】【ショートストーリー】記憶の断片 She wants a lost sour grape.
はじめに・・・(注意事項)
※この記事は、PSO2(ファンタシースターオンライン2)の世界感に、著者:アクシィ・おーきどの独自見解、キャラクター設定などを組み込んだ二次創作になります。ゆえに、ファンタシースターオンライン2に登場する固有名詞、ストーリー、設定などの著作権は全て株式会社セガゲームスにあります
※原作はあくまでPSO2(ファンタシースターオンライン2)です。著者と読者様の間の原作に対する理解の相違、拙作の至らぬところなど感じられると思いますが、こちらに関しては、文責は著者:アクシィ・おーきどにあります
※無断転載並びに再配布は固く禁止します
※おかしなSF考証や、つっこみなど、固有名詞がおかしいなど多々気づくと思いますが、こちらも、文責はすべてアクシィ・おーきどにあります(セガは関係ないってことですよ!
※登場人物
・キャティア・イクストル:オラクル宇宙海軍大学学生、ヒューマン、23歳
・シン・マクガイヤー:オラクル宇宙海軍第一艦隊所属の軍人、ヒューマン、25歳
・アサナギ・オーキド:第617番船<ピリカフンベ>出身のアークスの学者、32歳
今回は、キャティアの過去話の挿話になります。(本文約9,000文字、長い!
では、本編は折りたたみの後になります、ってか今回PSO2要素ほとんどないぞ!!
A.P.235 2月 恒常環境型コロニー<ブルー・シャンデリア鎮守府> 海軍大学
「キャティ!ご飯食べにいこうか」
「ん、ああ……そういえばこんな時間かあ。いいよ、おごってくれんの?」
「私あんたに貸しなんかあったっけ?」
「そういえばそうか、いいよ、行こっか」
海軍大学――オラクル文明圏における生活圏は、基本的に播種型環境アークスシップ内に存在する。数隻~あるいは数百隻を単位として船団を形成し(マザーシップ随伴の船団の規模はそれ以上)宇宙を移動しながら文明を営むが、少数ながらここ<ブルー・シャンデリア>のような恒常型のコロニーも存在する。海軍が対文明戦闘を行うにあたっては、戦闘艦艇の策源地がどうしても必要になるためだ。そしてここには、宇宙海軍の幹部養成機関でもある海軍大学が存在する。とはいえ、一般的にイメージされる士官学校や軍付属の大学校のような堅苦しさはさほどない自由な校風がこの学舎の伝統だ。アークスの訓練学校や一般の学業機関と比べれば、規則は厳しく質実剛健な気風も維持されてはいるが。“指揮官における組織への忠、使命感は自らの内に芽生えるもので、外部からの押しつけで身につくものではない”という創立者の理念が具現化された形だ。
キャティア・イクストルは、卒業を間近に控え、理学博士号習得のための卒業論文の発表会を間近に控え多忙な日々を送っていた。かつては一年ごとに進級が原則とされていたが、【巨躯】戦争を始め極度の人材不足が予想される昨今、原則を度外視した人材の促成育成が当たり前になりつつある。故に個人の資質によっては数年で卒業するものもいれば、そうでないものも少なくない。そして卒業生は防衛学ともう一つの学位を習得し、ほぼすべてが海軍の士官として星の海の住民になる。
――
「スライド、もうできたの?」
「一応ね、リハーサルもさっきやってさ、これで行けるだろうって先生が」
「アークス研究室の人たちやONRのお偉いさんも来るんだよね」
「その人らが妙にマニアックな質問仕掛けなければ平和に終わるよ。論文そのものはすでにレセプトされたんだし」
「キャティは不器用なくせにそういうのは上手いからねぇ。いつも思うんだけどなんであんた理学で学位取ろうとするの?哲学や史学、社会学でもいいじゃん。あんたマニアックなんだし」
「好きなんだよ!でもボクは才能が無かったんだ。ちょっと気づくの遅かったのかも知んないけど」
「ま、アタシらは学位に関係なく卒業と同時に中尉殿さ。そうなれば大砲に弾こめたり、トイレ掃除したり、レーザーの発射レンズを磨くのが仕事になるのさ」
「ちがいないね、うひひ」
二十代前半の二人の学徒は皮肉を込めて笑う。ただ、この道を志した以上そうなることはすでに了承済みだ。でなければこの学舎にはいられない。もっとも、若手士官の未帰還率の高さなどを知り落伍するものも少なくないが
「キャティはアークス適性あっから退学しても生活は困んないはずなのに、物好きなやつだよね、あんたは」
「性分だからな」
「そういえばさ」
友人は、先ほどとは違う意地悪い笑みをこめて
「シン先輩とはどうなのよ?第一艦隊が<ブルー・シャンデリア>に駐留してるってことは帰ってきてるんだよね?連絡した?会えた?」
「……ん?会ってないよ。連絡もしてない」
「はぁ?ばかなの?死ぬの?あんなにラヴラヴだった先輩が帰ってきたんだよ!次に外宇宙でたら次いつ会えっかわかんないんだよ!」
「ボクだって論文発表あるしそれどこじゃないさ」
「はぁ~……全くキャティはそういうズボラさがねえ」
キャティアは"シン先輩”と呼ばれた男の顔を頭に浮かべる。彼女が教育訓練の一貫で市街地域のレストランでアルバイトをしていた際、彼はいつもナポリタン、ミートソース、ペペロンチーノをローテーションで、かつ一日ごとに食べに来ていた。「またあの人か」という感覚で見ていたが、軍事訓練過程の一つである地上野戦訓練や対人格闘技訓練、空間戦闘艇操縦訓練などで共に訓練し、気づいたらキャンパス内で彼を探し、食事をし、あるときは寝所をともにする仲になっていた。
――シン先輩……もう二年も会ってないのか
ただ、何故か彼の元へ駆けつける気分にはなれない。理由はわからないが、あの紺碧の瞳をのぞくことが怖かった。キャティアはシンの顔を脳から振り落とすために、個人端末をオンにして、好きなレトロゲームのBGMをかける。
「ああ、シン先輩もこのゲーム好きだって言ってたなあ」
――
論文発表会は学科ごとに実施される。今日はキャティアが所属する生命科学科の発表会だ。会場には学生や教授、講師のほか、民間企業の研究員も多い。中にはG.I.バイオマテリアル社やセガタコーポレーションなどの名のある企業の研究者の顔も並ぶ。加え、アークス研究室の所属員と思わしき白衣を基調とした戦闘服を着た者、海軍の軍服をまとうものも数多く集まっている。
幸い彼女はこういう場面が得意だった。その代わり実験操作がヘタで、微細な操作と器用さ、繊細さが要求される"in vivo(生体内実験)”を諦めた経験がある。ただ、学内の発表会、補助教官として後輩学生の指導、訓練に於ける教官としては多くの人間から高評価を受けている。「キミは教官向きだな。教師を目指してもよかったね」とは彼女の師の言葉である。
とはいえ、彼女の23年の人生の中でもこれは大舞台であることには変わりない。発表用のレジュメをにらみつつ深呼吸をする。
「では次の論者は、細胞・発生工学研究室所属の、キャティア・イクストル少尉です。表題は"in vitroでの培養下幹細胞におけるフォトン誘導型遺伝子変異で発見された新たな分化誘導因子”です。では、少尉、お願いします」
「本日はこの場にお集まりいただき、大変ありがたく思います。それでは、小官の研究についてご報告させていただきます」
発表そのものはつつがなく進んだ。研究の背景、方法、結果をデータや画像を通し紹介する。そして考察とその後の展望を話す。
「つまり、高濃度のフォトン照射下では、これらの遺伝子の転写が明らかに励起されることがわかりました。多能性の幹細胞において可能だということは初歩的な再生医療などに応用が可能だと考えます。小官が注目した遺伝子に於いては、特に自然治癒力、分化のスピードの有意な向上が明らかになりました」
「今後は、in vivoに於いて実証した上での再生医療への応用。励起される遺伝子、それによって誘起されるシグナル伝達経路を明らかにすれば、さらなる応用も可能だと考えます。医療、こと対ダーカー戦のアークスや地上軍、海軍において再生医療技術の進歩が必要なのは明確です。小官の研究が多くの兵士の命を救う結果につながることを祈りつつ、発表を終わらせていただきます」
「少尉、ありがとうございます。これより、質疑応答に移らせて頂きます」
中壇に座る少壮の男性が手を挙げた。少し長めの、収まりが悪い青い髪。瞳は薄茶色で、人懐っこそうな表情が印象的だった。
「ありがとうございます。私は、<第三船団>所属のアークス、アサナギ・オーキドと申します。幾つか質問させていただいてよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
アサナギ・オーキドと名乗ったアークスが口を開く。
「今回、細胞の励起に使用したフォトンの波長をもう一度見せてください」
「はい、こちらになります。図4.1にまとめてあります」
キャティアは、スライド映写機を兼ねる端末を操作し、データを画面に表示する。
「ありがとうございます。あと、今回の実験に使用した細胞株の由来は、実験動物由来の多能性幹細胞ですよね?」
「はい、実験用に供給される体細胞由来でクローニングされ継代された株になります」
「今回と同じ処理を、<元型>由来の<胚性幹細胞>で行い、キメラ個体を作成した場合、生じる個体にはどのような影響が現れると考えますか?」
「えっ?」
場がざわついた。恒星間航行や量子電脳を実現したオラクルの文明だ。再生医療などはすでに枯れた技術となっている。だが、発生前……個体として外界と接する以前……受精卵のレベルでの遺伝子、ゲノムへの人為的彫刻や、全く同一のゲノムを持つクローン作成などは禁忌に近い。フォトンが関与する研究ならなおさらである。多くの研究者や識者は"生命そのものを操作する技術は<虚空機関>が独占している”と考えていた。つまり……<触れてはいけない分野>の一つになっていた。
「ああ、お答えにくい質問だったのかもしれません。仮にそういう操作を行った場合こんなことが想定される、のレベルで構いません」
キャティアは軽く狼狽する。このような思考訓練をしたことはあったが、この場は、多くの高官やアークスの人間もいる場だ。迂闊なことは言えない。
「……あくまで宿主となる個体の遺伝子によると考えられます。キメリズムにもよると思いますが、生体内においては意図しない効果がしばしば現れるものです。然るべき場所で検証を行い、かつそれらは慎重に行われるべきと考えます」
「私はどのような影響が現れるのか?と聞いているのです」
(マジかよ…このオッサン)
心の中で舌打ちをしつつ
「両者の細胞が親和し、最終的に顕性となった場合、両者の特徴を持ち合わせた形質が生じると考えます。その点に際してはこちらの意図しない結果になることも多いでしょう」
「あと、これも仮に、ですが…図4にない波長、属性…そうですね。【闇属性】のフォトンを用いた場合は【闇属性】のフォトンの性質を強く持つ個体が生じる可能性はあると思いますか?」
「オーキド先生、その質問は研究の趣旨からは逸脱しております!」
司会者が察し、静止を試みるが
「すみません。困らせる意図はなかったのですが……イクストル少尉、興味深い研究でした。今後の貴女の研究が我らオラクルの平和と理念達成につながることを祈念いたします」
キャティアはほっと胸をなでおろす。そして目線を下げため息を付いた。目線を持ち上げると…白を基調とした<アドミラフリート>を着込んだ、灰色の髪に紺碧の瞳をした顔が映る。
(シン……来てたんだ)
その後、学生からの純朴な質問、講師陣からの形式的行為も兼ねた質問を幾つか受けたが、彼女はほとんど上の空で対応していた。
「それでは、時間になりましたので、イクストル少尉の発表を終わらせて頂きます。皆様、最後に少尉へ拍手をお願いします」
心のこもらないものもいくつか含まれていたが、会場に拍手が鳴り響く、彼女はちょっとした心臓の高鳴りを感じつつ、席に戻った。
――
「キャティアちゃん、久しぶりだな」
「先輩も、まだ生きてたんだね」
「見事な発表だった。実験はあんなに下手くそなくせにこういうのは得意なんだな」
「余計なお世話だよ。あと……しれっと最前列に座ってんじゃないよ!」
発表会後のレセプションの場、会場から少し離れた野外ベンチで二人は顔をあわせていた。彼女が二年ぶりに見た彼の顔は少しやつれて見えた。
「いよいよキャティアちゃんも卒業かあ。人生最後の自由時間、学生時代も残り少ない。名残惜しいかい?」
「んなことないぞ」
「なんか飲む?」
「いらない」
キャティアの顔は大仕事をやり遂げた達成感……ではなく、緊張を感じさせる仏頂面だ。シンにとっては見慣れた顔ではあったが、
「キャティア、キミは卒業後は?」
「辞令はまだだけど艦隊勤務の希望を出したよ。メールしたじゃない」
「一年前の話だ。ここ半年は連絡がなかった」
「先輩の所属の第一は遊撃部隊だよ。連絡のとりようがないよ」
「言い訳だね、半年前は<アムドゥスキア宙域>に、この前は<レッド・アイランド鎮守府>。バイパスパイル開通済みの宙域にいたのは知ってたはず、連絡艇も行き交ってる。すぐに連絡できたはずだ」
「忙しかったんだよ」
「避けてたのか?」
彼女の眉間に皺が寄る。図星だったときの仕草だということをシンはよく知っていた。キャティアは右手を鼻の下に持ってくる。
「避けてなんかないよ」
「俺は、ずっとキミの力になりたいと思ってた。これからだってそうさ。キミが望むことで俺が可能なことならなんでもしたい」
「ふぅん」
「俺は……<シェル・レラン>で400メセタのパスタ食べてたときから……キミが好きでたまらなかった。理由なんて知らない。俺の遺伝子の命令?フォトンの相性?そんなことはどうでもいい」
「……で?」
「キミとここで過ごした毎日は楽しかった。学術的な議論や痴話喧嘩も、キミのつくるメシも美味かったし、ゲームも好きになった。一緒にタケノコ採りも行ったよな」
「あのときはたくさん採れたよね」
「そしてあの夜、俺はキミを守るって決めたんだ」
「平べったい胸部でごめんなさいね」
「俺は真面目な話をしてるんだ。空気読まずに話の腰を折るのはキミの悪い癖だ」
「……ごめん」
「キャティア、頼みがある」
シンは周りを見回す、幸いなことに、レセプション会場の賑やかな声は聞こえてくるが、その他には人気がない。恒常環境型コロニーの、人工的に調整された夕刻の心地よい風と柔らかな中間色の灯りがそこにあった。
「キミが卒業したら……結婚してくれないか?」
「…………は?」
「結婚、してほしい」
シンはまっすぐキャティアの瞳を見つめる。その眼差しは、まるで剣のように彼女に突き刺さる。
キャティアは別にシンが嫌いなわけではない。シンが卒業し、艦隊勤務についた後でも新たなパートナーを作る気にもなれなかった。キャティア自身も、異性の友人も交えて大騒ぎをするのは嫌いではなかったし、言い寄られもされたがことごとく「あほ!はんかくさいんだよ!」の一言でいなし続けてきた。
シン・マクガイヤー、彼は自分をここまで強く承認し、認めてくれている。嬉しかった。彼の暖かさと真摯な気持ちで彼女は身体の深いところに熱いものを感じていた。
「シン先輩、ありがとう」
「キャティア!」
「でもまだ早いと思う。ボクだって、任地先の辞令出てないし、プロポーズ後に遠距離恋愛なんて、間抜けなお話じゃないかい?」
「そうか……そうだよな」
「正直……連絡してなかったのはボクがサボってただけ、深い理由なんてない。シン先輩、ごめんね」
「そんなとこだろうとは思ってた。でも、俺はそういうそこも含めキミが好きなんだ」
「俺は、キミを自分のものにしたい。そばに居てほしい、可能な限り」
キャティアはシンの古風すぎる告白に赤面しつつも、感謝と喜び、人間におけるポジティブな心理が彼女を支配しつつあった。こういう瞬間が訪れることなど、予想はしていなかった、だが期待はしていた。
「そうだ、軍ではなくアークスになればいい。そうすれば基幹船団に所属することになる。もしくはマザーシップ直衛の第三船団<ソーン>か第四船団<アンスール>なら、バイパスパイルもいつも開通しているしすぐに……」
その時、キャティアの内心で何かがぶつりと音を立てた。
「今なんつった?」
「キミはアークスとして、俺は海軍軍人としてオラクルを守っていけば」
「ボクは<お嬢様>には……アークスになる気はないよ」
「じゃあ俺が海軍を退役してもいい!キミのそばにいるためなら俺は!」
「やめなよ!」
キャティアは強く言う。その声には怒気が含まれていた。
「先輩はボクにずっと"俺はフォトンは使えないけど、海軍軍人としてオラクルの人々を守る仕事をすることが夢であり、使命だ”って言ってなかった?先輩は、自分の好きな物を手に入れるために夢を捨てるの?使命を投げ捨てるの?」
「……俺の今の夢はキミだ」
「この厨二病!メロドラマかラブコメの見すぎじゃないのかっ!ボクは……フォトン適性ない先輩が、このオラクルで僻むことなく前を目指していく姿に惚れたんだ!」
彼女はもはや自分の激情をコントロールできない。涙目で想人を見つめる。
「それに……先輩は……自分のためにボクの人生を、生き方を指図するつもりなのかい」
「そんなつもりは!」
「興ざめした、そっか、それが先輩の本心だったんだね」
彼女は涙目ではあったが、涙は流していなかった。充血した瞳でシンを見据える。
「ごめん、キャティア。本当に済まない、でも俺は!」
「ボクは、先輩がすぐに"ごめん”って言うの本当に気に食わない」
キャティアにとってこの時の気持ちは、そう、第612番船<ピリカコタン>がダーカーと共に蒸発し、家族や友人、故郷を失ったときと同じ気持ちだった。
「先輩、お願い。しばらく消えて」
「キャティア……」
「今のボクは先輩を見たくない。先輩を嫌いになりたくない」
「……すまない」
シンは踵を返し、キャンパスの裏門の方向へ歩いて行く。その後姿をキャティアは見つめていた。あんな後ろ姿で去っていく人間を見つめた経験は初めてだった。
「先輩……ボクのほうこそ、ごめんなさい」
「ボクは、先輩のその真っ直ぐさ、真面目さが……怖かったんだ」
「ボクの頼みを聞いてくれる。支えてくれる、愛してくれる。ボクにそんな価値なんてない。あるわけない」
シンに吐露した心情は嘘ではなかったが本質ではなかった。シンを好いた理由も本当だった。正直今でも彼を尊敬できる。だが、彼女は彼の好意に恐怖した。そのことを反芻しながら、彼女もまた新たな喪失の悲しみを背負い、暫くそこから動けなかった。
――
三十分後、キャティアはレセプションの会場に戻った。すでに主菜となる料理はあらかた平らげられ、残った飲み物を楽しみながら談笑にふける段階だった。若気の至りだろうが、羽目をはずしてる学生を先輩学生が介抱している。
「キャティア・イクストル少尉」
「あなたは?確か」
「アサナギ・オーキドです。発表会の場では、私の質問に真摯に対応いただきありがとうございました。少しお時間をいただけますか?」
「ええ、構いません」
「何か飲みますか?」
「ウィスキーをいただけますか?」
彼女はオンザロックのウィスキーに口をつける。強いアルコールの刺激と蒸留酒の強い香りが今の彼女にはありがたかった。
「いける口ですね。ですがムリをしないよう」
「大丈夫です、アサナギ・オーキド先生」
「先生は要りませんよ。ここは議論の場ではなく談笑の場です。どうか肩の力を抜いていただけますか?」
「はい……」
アサナギは笑顔で語りかける。右手には麦酒が握られていたが、アルコールの毒気で正気を失っている気配は全く無い。大学生活や趣味、他愛もない事で話が盛り上がる。彼女もアサナギは人の話を聞く技術が高い人だと感じ、彼の話に合わせるうちに、彼女の心の平静も少しずつ取り戻せるような錯覚を感じていた。
「イクストル少尉は人を育てる才能がおありだ」
「は…はひ?」
キャティアはだいぶ出来上がっている。顔は真っ赤だ。
「学校の先生とか、軍隊だと教官とか、それこそアークスだったら、貴女と組んだバディはきっと素晴らしいアークスに育つでしょうね。自分の能力を客観的に判断し最良の選択ができる」
「ほ……ほめすぎですぅ」
「本心ですよ、貴女は後輩や年少者に友人が多くないですか?」
「しりませぇん、うひっく!」
「文明が如何に進歩しようと、フォトンを行使し、恒星を砕く力を得ても人を育てられるのは人だけです。遺伝子がどうでも、出自がどこにあろうと」
「そのわりには……きっつい質問でしたぁ」
「ははは、許して下さいね。有能な若者はいじめたくなる性格でして」
「アサナギさん~サドいですねぇ」
「それより少々飲み過ぎですね、そろそろ控えたほうが」
「いいんですよぉ、もうボクに失うものはなにもありませぇん」
「はは、おっと、そろそろお暇しないと、こんなオジサンにお付き合い頂き感謝します。貴女のことは忘れませんよ、キャティア・イクストル」
「はぁい、アサナギさんもどうかお元気でー、お嬢様がた…あいや、アークスのみなさんによろしくぅ~」
その30分後、後輩学生に介抱されながら、ぐったりして宿舎に戻るキャティアがいたが、次の日彼女にその記憶はなかった。
――
「え?キャティ、シン先輩振っちゃったの?」
「あー、まあ、うん、その、色々とね」
「もったいないなあ、ま、あんたズボラだからあのマジメなシン先輩だとお互い気遣いすぎて疲れるかもねえ」
「冗談でもきっついぞ」
「さて、明日は学位授与式、その次の日は任官式かあ。めんどくさ」
「何事にも、形式って大事なのよ」
――
「キャティア・イクストル。貴官を中尉に任官し、宇宙海軍第一艦隊、防空フリゲート艦<ル・シール>配属を命じる。詳細は第一艦隊旗艦<ヘイムダル>で受領せよ」
「はっ!」
「何か質問は?ほう、よろしい、言ってみたまえ」
「シン・マクガイヤー少佐の所属をお教えいただけますか?」
「士官といえど個人的情報や配属先は機密や法に触れることになる。理解したまえ」
「申し訳ございませんでした!」
キャティアは、第一艦隊旗艦<ヘイムダル>に向かう。道すがら端末に着信音が鳴り響く、シンから一通のメールが届いていた。
――
キャティアへ
卒業と任官おめでとう。俺も4月からはマザーシップ直衛の第三艦隊に配属の予定だ。ただし、技術・科学士官としての任務にしばらく専念することになるらしい。お互い、新しい任地でも頑張ろう
ところで、この前の………
――
キャティアはそっとメールを閉じた。彼女の目前に、宇宙戦艦<ヘイムダル>の巨大な船体が映る。彼女は希望と同時に、喪失の悲しみを引きずりつつ、星の海の住人となる。
キャティアがアクシィと出会う三年前のお話
最後まで読んでくれてありがとう!
(もしよかったら応援よろしくね)
(しかし、キャティア…めんどくさいぞ!貴女は!!)